成願寺の歴史・由来

成願寺は天正3 年(1575)聲庵守聞大和尚の開創にして、寺尾に一字を建立し本尊釈迦牟尼佛を安置したことから始まります。その後、元和(1615~1623)の頃薬師堂の別当として鶴見の二見台に堂宇を移設しました。また、江戸時代初期の当時、寺領拾石の朱印状を付與されていたことが古記録により明らになっております。

後に、第二十世加藤海応和尚の明治39 年2 月、境内地を大本山總持寺移転再建地に献納し、大正元年に再度鶴見豊岡に移転しました。

旧本堂は二見台より移建当時の建物が老朽化したため、昭和12 年再建して現在に至ります。

境内の薬師堂は、昭和51 年7 月、第二十四世谷川徹禅和尚によって建立され、本尊脇に安置されていた薬師三尊 (脇侍日光・月光両菩薩) と眷属の十二神将を安置したもので、薬師如来は慈覚大師の御作と伝えられ、古来東海の秘佛として「武蔵風土記」にも記され信仰を集めております。

昭和26 年4 月8 日、薬師如来四百年祭入佛式が盛大に行われ、当日安下処にあてられた鶴見上町の吉田徳松家を出発した行列は、豊岡通りを成願寺に向い薬師如来を守って道仙和尚が牛車に同乗し、華やかな御稚児行列も加わり盛観な景を表しました。
当寺は、大本山總持寺の貫首猊下ご晋山の際に安下処としてご拜登いただく習わしとなっております。

山門の仁王像は室町時代の作とされ、古像にして竹田の番匠の作と伝えていられており、門前の「薬師如来道」の石塔は当寺第四世朝宗源水代の宝暦2年(1752)の造立で、鶴見の東海道沿いの成願寺入口に建てられ、薬師信仰参詣者の道しるべとなっていたものです。

 

 

旧成願寺のスナップ

大本山總持寺が明治31 年4 月13 日の火災全焼を機に、当地へ移転を企画し、明治40 年に実現されました。その際、成願寺が境内及び所有地の大半を寄附してその達成となり、比地は旧成願寺の中央となっております。
また、この度、御本山のご厚意により、旧跡地碑の建設をいただきました。

 

改修前成願寺フォトアルバム

本堂・薬師堂耐震改修工事

本堂は、昭和11年の建立以来、近年特に屋根瓦の破損状態が著しく雨漏りや草の繁殖、小動物の侵入等が見受けられるようになっておりました。また、昭和51年建立の薬師堂も銅板葺きの屋根に劣化が見受けられました。
両建物には、内部の補強工事と共に屋根を新素材のチタン葺きにて施しました。
工期:平成25年8月〜平成26年5月

 

 

山門新築工事

当時に於いて一番古い建物であった山門は、数度の移築により建物の傾斜、屋根の破損が見受けられました。改修のうえ保存する方法で検討しておりましたが、12本の主柱が全て根継ぎされ強度が不足していたこともあり、改修工事を断念いたしました。新たに一回り大きなヒノキ柱として、銅板葺の屋根にて新築いたしました。
工期:平成26年9月~平成27年5月